一.出会い

師が人斬り抜刀斎に殺害されてから数年――放蕩の旅をしながら十七を迎えた番神は付近の宿場町へ向かう山道の途中、人の気配を感じて足を止めた。
傍らの藪に二人いる。
暇つぶしに相手でもしてもらおうかと藪を掻きわけると、そこには番神に背を向け、下半身を露出した小太りな男が年端もいかない少女を組み敷いて今にも犯さんとしていた。
頬を涙で濡らした少女の縋るような瞳とかち合うが、番神は興味を抱かず、すっと男へ目を向ける。
小太りな男は目の前の獲物に夢中で背後の番神に気づいてはいない。
仮に気づいて番神に食ってかかってもたるみ切った体ではてんで相手にならない。

(あーぁ、つまんねェ)

戦いにしか興味のない番神は、知らない少女が犯されようが別に構わなかった。
早々に立ち去って宿場町で破落戸に喧嘩を吹っ掛ける方がまだ身になる。
そう判断した番神が少女を見捨てて踵を返した時、静かな山中に高い声が響いた。

「助けて!」
「「!」」

少女の声に思わず振り返った番神と、少女の視線の先に気づいて振り返った男の目が合う。
男は忌々しそうに顔を歪めると立ち上がり、怒張した股間を隠すこともせずに番神を睨みつけた。

「混ぜる気はねぇぞ若造」
「はぁ?てめぇのような変態と一緒にすんな。そんなガキに勃たねぇよ」

番神は鼻で笑うと男から少女へ目を移す。
体を起こし、肌蹴た着物の襟を押さえる手は枯れ枝のように細く、身に纏っている着物はやけに薄っぺらくて見窄らしかった。
一方で男は光沢のある滑らかな生地で仕立てられた一目で上質だとわかる装いだ。

それなりに金を持っていそうな男がわざわざこんな小汚い子どもになぜ手を出しているのか――そういえば直近立ち寄った村はやけに廃れていて澱んだ表情の大人が多く、子どもの姿はほとんど見当たらなかった。
そこで男が何者か見当がつき、番神はせせら笑う。

「てめぇは女衒か。売る前に商品に手ェつけていいのかよ?」
「このガキ……」

番神の読みは当たっていたのだろう。
女衒は懐に手を入れると小刀を取り出し、鞘を放って鈍色の切っ先を番神へ向けた。
女衒が妓楼に売る前の商品に手を出すなど以ての外であり、そのことを番神に吹聴されては堪らない。
出歯亀をしたこの若造を殺そうと女衒は小刀を構えた。

「お兄さん、逃げてぇ!」

番神を亡き者にするため、駈け出さんとする足にしがみついて叫んだのは、女衒に襲われて助けて欲しいと声を上げた少女だった。
まさか女衒が通りすがり(?)の番神を殺そうとするのは予想外で、彼を巻き込んでしまった自責の念に少女は駆られたのだ。
女衒は足に纏わりつく少女の顔を踏みつけようとして思いとどまる。
少女が生娘か否かは水揚げまでわからないが、外から目視できる範囲に傷をつけてしまうと妓楼から買い叩かれてしまう。
この娘は女衒として過ごしてきたなかで、最も高く売れるとの確信が持てるほどの器量良しだった。
元々少女性愛が高じて始めた仕事。
今までは子どもを端金で親から買い取って妓楼に売るまでの間、ともに過ごす時間を楽しんでいたのだが、今回ばかりはどうしても我慢できなかった。
今回の商品は育てばうんと美しくなる。
しかし、今の年頃に惹かれる女衒は、彼女が齢を重ねる前に自らの手でその純潔を散らしたかった。
そんな初めての出来心に限って邪魔が入る。
現場を目撃され、自身の職も見破られ、何としてでも番神を始末しなければならないのに、邪魔をしてくる可愛らしい少女のせいで上手く事が運べない。

もだもだとしている女衒に痺れを切らしたのは、なぜか殺されようとしている番神で、彼はズカズカと不用心に二人へ近づいていく。
わざわざ接近してきた番神に気づき、女衒は口元を歪めた。

「馬鹿が!自ら近づい――」

女衒に馬鹿と言われた番神は額に青筋を立て、右拳を男の顔にぶち込んだ。
たかが一発、されど一発。
勢いはつけていないが番神の腕力は凄まじく、女衒の足は少女の腕の中からすっぽ抜ける。
女衒はきりもみしながら吹っ飛んで離れた樹の幹に激突した。
うつ伏せの少女はぽかんと口を開けて佇む番神を見上げ、首を動かして遠くで気を失っている女衒を見る。
そして再び番神を見やった。
彼は少女に目もくれず、ふぅとため息をつく。

「つまんね」

何の感情もこもっていない、本当につまらなそうな低い声がしんとした空間に響いた。
番神は再びため息を零し、少女に背を向けて来た道へ戻ろうと一歩二歩足を進める。

「ぁ……」

女衒を殴り飛ばすのも納得できるゴツゴツとした大きな背中を見つめ、少女はよろよろと立ち上がった。
逃げてと言ったのに刃物を持った相手に臆することなく近づいて倒してしまった青年。
彼は別に助けるつもりなどなかったように思えたが、結果助けてもらった。
貞操が無事だったことに対する感謝の気持ちと、彼の手を煩わせたうえにつまらない思いをさせてしまった申し訳なさが彼女の小さな胸を満たす。

(私もお兄さんみたいに強かったら……)

彼のような強さがあれば襲ってくる女衒をあしらえたのに。
そう思うと自然と言葉が喉から飛び出していた。

「あの!私を弟子にしてください!」
「……あ?」

今ここで少女が話しかける相手は一人しかいない。
番神は足を止め、肩越しに少女を見据えた。
決して人相が良いとは言い難い男の吊り上がった三白眼に貫かれ、少女は体を強張らせる。
しかしすぐに頭を振ると無意識のうちに後退しそうな足に力を入れて一歩踏み出した。

「た、助けてくれて、ありがとうございました!わたっ、私も、お兄さんみたいに強くなりたくて……」

番神の強さを知っているからこそ、その力が自分へ向けられたらと思うと声が震えた。
だが、親に売られた身としては女衒が気絶した今、目の前の彼に頼るしか生きる術が見つからない。
けれどそんなことなど番神には知ったことではなく(仮に知っていたとしても関係がないと切り捨てていただろう)、フンと鼻を鳴らす。

「てめぇを弟子にして俺に何の得があんだよ」
「それは……」

連れが増えれば食料を分けなくてはならないし、宿に泊まれば余計に宿代がかかる。
それを賄うのは番神で、彼女を弟子にすることで得られる恩恵は皆無だった。
言葉を詰まらせて答えられない少女をこれ以上相手にする義理もない。
番神は彼女を置いて再び足を動かす。

「っ……」

路傍の石となった少女に振り返ることなく遠ざかる背中。
このまま此処に残されれば、目を覚ました女衒にまた襲われてしまう。
少女は下半身丸出しで伸びている女衒を一瞥し、タタタッと番神へ駆け寄り、彼の行く手を阻もうと前へ回り込んだ。

「私、なんでもやります!だからっ、弟子にしてください!」
「チッ……!!」

こちらの足を止めて馬鹿の一つ覚えのように同じ頼みをしてくる少女に苛立ち、番神は大きく舌打ちをする。
女衒同様に殴り飛ばしてやろうか、と一瞬よぎるもそれをすれば彼女は確実にお陀仏するだろうし、何より敵意のない者を倒したところで番神の求める強さではない。
弱さが盾となっている子どもの相手は苦手だ。
番神は眉間に皺を刻み、人差し指で少女の薄い胸を突いた。

「なんでもするだぁ?さすが女衒が手ェ出すほどの器量良しは言うことがデケェなぁ。俺の伽の相手でもしてくれるってか?」
「と、とぎ……?わからないけれど、お兄さんが望むなら頑張ります!」

だから弟子にしてください!と穢れを知らない瞳をきらめかせ、言い切る少女に番神の蟀谷がピクピク動く。
伽のことを理解していないのに頷く無垢さと無知さが番神の苛立ちを煽った。

(俺をあの変態と一緒にすんじゃねェ!!)

目の前の毛也之(もやし)のようなひょろひょろの、しかも子どもに番神は欲情しない。
彼女を怯ませるために自ら言い出したことだが、肯定されたことで女衒と同類だと言われたように思えてならなかった。
番神は、ギロリと音が出そうなほど鋭い眼光で少女を睨め付ける。

「何が頑張るだ!意味もわかってねぇのに頷くな!!」
「ご、ごめんなさい……」
「そもそも女なんざ面倒なんだよ!」
「っ……」

変えようのない性別をだしに拒絶をすれば諦めるだろう。
さすが無敗の俺様、舌戦でも勝っちまうとは、と勝利を確信した番神は少女を見下して口角を上げた。
だが、彼女は諦めていなかった。
怒鳴られたことで滲んできた涙を袖で拭い、キッと番神を見上げて口を開く。

「だったら、今から男になります!!私……僕を弟子にしてください!!」
「なっ、何ィ?!」

意表を突く反撃に番神は瞠目する。
まさか性別を自ら偽るほど決意が固いとは予想外だった。
番神は軽く唇を噛んで目の前の少女を睨み、頭を巡らせる。

(こんなガキ殴るわけにもいかねぇし……意外と口が回りそうだから何か良い手は……)

子どもの言うことなど無視すればよいのに、白黒きっちりつけたい質である番神は頭を抱える。

「ぅ、ん……」
「「!!」」

そうこうしているうちに、気絶している女衒は覚醒が近いのかうなり始め、二人は同時にバッと振り返った。
女衒が目覚めるのも時間の問題で、このままだとまた面倒なことになりそうだ。
そう判断した番神は舌打ちを漏らし、少女の細く頼りない腕を掴む。

「ついてきてぇなら勝手にしな!てめぇがへばろうが泣き言漏らそうが俺は知らねぇからな!」
「えっ……」

言うが否や番神は大股で歩き始め、腕を掴まれている少女は半ば引きずられるようにしながらせかせかと足を動かす。

(ついていきたいならって……お兄さんが手、引っ張ってる……)

番神の言動は矛盾しているが、こちらに危害を加える様子は見受けられず、女衒よりも安心できる。
木の枝にところどころ着物を引っ掛けながら、少女は番神について行こうと決意を固めた。

2023.03.31